イベント感想

特撮グッズの祭典「スーパーフェスティバル(スーフェス)」に行ってきた。

執筆者:佐佐木あつし

ウルトラホーク、牙狼、グレンダイザー、ダイアポロン… 特撮ヒーローが集結した科学技術館

4月23日日曜日、東京は九段下、科学技術館で開催された「SUPER FESTIVAL」(以下スーフェス)に行ってきた。

スーパーフェスティバル写真(1)

スーフェスとは特撮グッズの販売業者や関係会社が集結し、新作商品などを販売するという年に一度の特撮カーニバルである。

九段下の駅を降りて坂道を・・という有名な歌詞にもある、あの道を歩く。

千鳥ヶ淵を左手に見ながら、新緑の北の丸公園に入るべく、重要文化財の田安門を過ぎ、玉ねぎをいただく武道館の前を通り過ぎる。ここに1966年にビートルズが初来日して初のロックコンサートを開いて以来、数々の日本人バンドやスターたちがここで歌う事を目標にしてきた、日本でもっとも有名なステージだ。

その日は日曜日ということもあって、行き交う人も多く、その中でも何やら僕と同じ体臭というか、雰囲気を持つ人々が大きな袋を抱えるように持って歩いている。
その人種は広く、アジア圏やヨーロッパ圏などの国から来たであろう人々も目立ち、このフェスの国際性が伺えた。

館内に入る前ですら、すでにこうした独特の雰囲気に包まれた科学技術館は、木々が芽吹いたばかりの緑の中から突然その姿を表した。

入場料の1500円を受付で払い、入館パスを併用するパンフレットを渡され展示ブースへ向かう。
そこには、いきなり巨大なウルトラホークが鎮座し、こっちには牙狼のフェイスオブジェ。またあっちはグレンダイザーダイアポロンマイティジャックゴジラに特大ウィンダムスターウォーズ仮面ライダーガッチャマン!というお宝の山が無秩序に並び、まるで深山の奥に咲き乱れる無数の花々のようにも見えた。

出店数は100ブース程もあっただろうか。
それぞれが扱っているアイテムもTシャツから文具、フィギア、シール、玩具と幅広く、それらを見ているだけで、いくら時間があっても足りないほどうず高く積まれ、そうした小さな造山運動が産んだ山が景色となって広がっていた。
僕は、その連山を前に、まるでサンタクロースのプレゼント工場に迷い込んだ子供のごとく呆然としながらも、その足取りは軽く、次々と小さな山々を踏破していった。

言い忘れたが、実はこの日、僕をこの会場に誘っていただいた方がいる。
その方は小松さんという、あのレジェンド漫画家、一峰大二先生の義弟さんである。
その風貌は颯爽とし、風のように歩かれる。

自然を愛する風流人でカメラマン。そして生粋の江戸っ子という、なんとも言えない味わいと奥行きのある人物である。
また小松さんのお人柄がの良さから、その交友関係の広さは計り知れず、行く先々のブースでその場の責任者に声をかけられ、そのたび、ご丁寧に僕をあちこちの社長さんたちにご紹介してくださり。そしてまた、そのたびに僕は名刺をお渡ししながら何故か恐縮し照れていた。

ご紹介して頂いた方々皆、共通して言えるのは、それぞれが好きなキャラクターに絶大な愛情を注ぎ、真剣にそれをビジネスとしながらも楽しんでいるということ。
「趣(しゅ)」は極めれば「巧(たくみ)」となる。

あの武道館に憧れた過去の偉大な日本のミュージシャンたちと同じく、その隣に建つ科学技術館もまた、この日特撮の聖地となって、集まった人々や各ブースの主催者が知らず知らずのうちに武道館の歴史を模しているようだった。

そうこうしているうちに、僕自身の友人たちがやっているブースにぶつかることができた。

そのブースの主人は近藤さんといい。「レッドシャーク」という名で円谷プロ公認のウルトラマンや怪獣などのシールを販売している。

スーパーフェスティバル写真(2)
右端がレッドシャークの近藤哲也氏

それらに参加しているのは近藤さんが懇意にしている漫画家やイラストレーターなどのクリエイターで、実を言うと僕もここでウルトラQに出てくる怪獣「カネゴン」のイラストを描かせてもらった事がある。

近藤さんとお会いするのは一年ぶりだろうか。久しぶりにあった彼の笑顔は相変わらず、にこやかで、こちらもつい釣りこまれて笑顔になるようなそんな魅力を一年前と変わらず放っていた。

「仮面ライダー2号」一文字隼人に「帰ってきたウルトラマン」、二人のヒーローに出会う。

そんな様々な出会いや旧交が交錯する中、僕は二人のヒーローに出会った。

一人はきくち英一氏、またもうひとりが佐々木剛氏である。

佐々木剛氏は言わずと知れた仮面ライダー2号こと一文字隼人役で一世を風靡したレジェンド俳優だ。
佐々木氏はこの日小説家、怪異蒐集家の木原浩勝氏とともにトークショーをされており、サイン会の舞台の前には長蛇の列が並んでいた。
残念ながらこの日はサイン会のお忙しい様を見てご挨拶は控えさせていただいたが、今度チャンスが有れば、氏の経営する居酒屋「バッタもん」に伺わせていただこうと思っていたりもする。

木原氏とは何度かパーティなどでご一緒させていただき、互いに顔見知りではあったが、きちんと話しをさせていただいたのはこの日が初めてだった。
氏は一峰ファンを自認し、一峰作品に対する深い考察とその知識量には僕も舌を巻いた。

スーパーフェスティバル写真(3)
木原浩勝先生とパシャ

そして一方のきくち英一氏。
こちらは「知る人ぞ、知る」を地で行く方で、「帰ってきたウルトラマンを演った男」という本も出されている、著名な役者さんである。
「帰ってきたウルトラマン」でのスーツアクターとしての技量も素晴らしく、動きに表情がありスペシウム光線のポージングも背筋がピンと伸びて美しく、その姿は初代ウルトラマンと対比しても個性があり秀逸だった。

僕はきくち氏とこの日念願の握手を交わさせていただき驚いたのは、その手の大きさだった。熱くガッシリとして大きな手は、これならスペシウム光線を出せても不思議はないと納得させるだけのものがあった。
僕はついにウルトラマンと会えたのだ。

スーパーフェスティバル写真(4)
右から二番目きくち氏三番目が小松氏

大人になりそこねた少年たち

僕が住んでいた京都には「青少年科学センター」というものがあり、そこには復元された巨大な恐竜の骨格標本や、テレビ電話、凹面鏡や凸面鏡などの不思議で様々な科学学習を学べる施設があり、中でも目玉としてあったのがプラネタリウムだった。

僕は小学生時代、ここが大好きで、はるか未来や宇宙を想像してみたり、太古の恐竜たちの闊歩を想像しては夢いっぱいに胸を膨らませていた。

この日「科学技術館」という言葉が持つ響きが、僕の少年時代の心を呼び戻した。
そして、その中に詰まった玩具やフィギアなどのアイテムはまるで宝石箱の中の輝きのように僕達、大人になりそこねた少年たちを魅了して離さなかった。

ディズニー映画の「TOYストーリー」のように、あの頃僕達が持っていた玩具には確実に意識があり生命があった。
だから、友達に玩具を壊されたり、親に取り上げられた時は本気で怒り、悲しみ、感情を爆発させたのではないか。

彼らは…彼らこそは僕達の真の友であり、かけがえのない自分自身の分身でもあったのだ。

遠い記憶の中からいつしか消えていったあの友達達を懐かしみ、再び相見まえる喜びには無上のものがある。

人生を半分以上すぎても消えない少年の心がうれしい。
帰りの道すがら僕は心の中でそっと「ウルトラ5つの誓い」をつぶやいていた。その後ろには、夕焼けの中で玉ねぎが照れくさそうに光っていた。

スーパーフェスティバル写真(5)

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